【2023年感謝したい事③】父との和解への一歩をくれた切っ掛け

年も明けてしまいましたが、中途半端に終わらせたくないので続きを書きます。

2023年の振り返りは、これで最後です。

 

さて、2023年私が感謝したい最後の事。

それは、父との和解に前向きになれる切っ掛けを貰えた事です。

 

元々、父との仲はそれ程悪くはないのですが、過去にお互い大きく衝突した経験があり、それ以降は父に対し本音をぶつける事に、ネガティブなイメージを抱くようになりました。それからは、極力衝突が起こらぬよう父に対して取り繕うように過ごしてきましたが、それでも

 

「もしこのまま、お互い分かり合う事無くどちらかが死んでしまったとしたら」

 

そんな未来を想像する時もあり、その度に「早く何とかしたい」という焦りと、「どう父と接すれば良いのかが分からない」という気持ちが同時に浮かび、中々父に対して一歩が踏み出せない日々が続いていました。

 

そんなある日。何気なく眺めたYouTubeのおすすめ動画に、「星野うみ」さんという配信者さんのラジオ動画を発見。これが私にとって、父との和解を進める切っ掛けとなるラジオでした。

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初めてこのラジオを聴いた時、「ただ聞いているだけで、心が温かくなる」と感じた事を今でも覚えています。そして何回か聴いている内に、その印象を与えているのは恐らく、うみさんの穏やかな「声質」と、お便りに対して優しく寄り添う「姿勢」から来ているような気がしました。

 

ラジオにおいて、パーソナリティーがリスナーに「寄り添う」と言う事は珍しい事では無いと思いますが、うみさんのラジオの場合、この「寄り添う」という気持ちがより前面に出たラジオになっています。

 

1つ1つのお便りに対して深く読み込み、まるで自分事のように受け止め、相手の心を極力配慮した言葉を選び、優しく語りかけるように言葉を放つ。それも着飾る事無く自然体で行われているので、彼女がお便りを読み上げる言葉を聴く度に、不思議と胸が打たれるような気がしました。見返りを求める事無く人に寄り添おうとする事は、これだけ心を動かす事もあるのだと、私はこのラジオを通して感じる事が出来ました。

 

そんなうみさんの「人に寄り添う姿勢」に刺激を受けた私は、これまでの父との関係を見つめ直すと、まだ父に寄り添え切れていなかった事に改めて気づきました。そしてそれに気づいた時

 

「寄り添う事で、あの時うみさんから感じたような温かさを、父に与える事が出来るならば。その事で、いつか心置きなく本音で話し合えるようになれば。もっとお互いを分かり合えるのかもしれない。」

 

そんなワクワクに近い直感が、私の中で浮かび上がってきました。例えうみさんのように寄り添えなかったとしても、まだ自分なりに父に寄り添う事は出来るはず。これが正解かどうかは分からない。けれど、きっと今以上に良くなるはず。やろう、今すぐにやろう。

 

そんな思いに背中を押された私は、これまで行ってきた父への接し方を改めて、ひたすら父が話す言葉に耳を傾け、向き合うようになりました。最初こそはちぐはぐな形でしたが、徐々に父も私に対して、良い意味で遠慮が無くなってきました。まだ気軽に本音を話せる状態ではありませんが、それでもあの時に比べると、確実に距離を縮められているような気がしています。

 

また私自身にとっても変化があり、具体的には「父を愛おしく思える瞬間」が増えてきました。恐らく真剣に父と向き合い始めた事で、これまで父に対して抱いていた根底の気持ちが解放されたような気がしていますが、まだその気持ちを上手く言葉にする事は難しいので、どこかでその気持ちを見つめる時間を作って、整理していきたいと思います。

 

とは言え、あの時もしYouTubeであのラジオに出会えなかったら、きっとここまで父に向き合う事は無かったのだろうと思います。私一人では中々ここまで踏み出しきれなかったと思うので、動き出す切っ掛けをくれたうみさんには、感謝せずにはいられません。

 

始まりは、些細な切っ掛け。けれど、そこで感じた温かさから向き合う勇気を生まれ、こうして確実に一歩前へ進む事が出来た。まだ分かり合えたとまでは行かないけれど、それでももう昔のように気持ちを隠すような事はしない。いつか必ず、父と心からの和解を交わすその日まで、今日も父と言葉を交わし続けようと思います。

 

だから、分かり合えるまでもう少しだけ長生きしてね、父。

私も、これからは分かり合えるように、ずっと向き合っていくから。

2024年の目標

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

早速ではありますが、2024年の目標を書き連ねていきたいと思います。

 

・副業収入:月収50万以上達成(若しくは、副業収入:年間120万以上達成)

月ベースで50万。それが難しい場合は、月ベース10万×12か月の120万。

いずれかの目標の達成を目指します。

 

・「言葉」、「声」、「伝え方」を磨く。

前年目標の「様々なシーンにおける伝え方を磨く」を、更に発展させた目標。

相手に簡潔で分かりやすく、かつ印象深く残せるような伝え方を目指します。

 

・「歌」を磨く。

予め自分が決めた課題曲を、この1年で仕上げていく。課題曲は以下2曲。

今年の年末までに、どこかの大会で披露する。

また、消化不良にならない程度ならば課題曲は増やしてもOK。

(あくまで、以下2曲を仕上げる事を最優先に)

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・父と感動を共有できるものを、1つ以上作る。

料理、旅行、歌など。お互いの心に残せるものを出来るだけ作っておく

 

・今まで以上に体を労わる。自身の健康を意識する。

身体の不調はこの年で洗い出し、1つ1つ潰す事を意識する。

なお、現時点における体の不調箇所は以下の通り。これらは最優先で治します。

◆歯:歯周病の治療中。

◆腰:万年痛い。寝具の相性もあるだろうけれど、根本的な痛みが抜けていない。

◆左肩:ストレッチをしても凝るし、このお蔭で日中は左腕が痺れる事がある。

 

・自身の金銭面における負債を、今年上半期までに解消させる。

現在の負債金額:約50万円。(車検代、賃貸の更新費、就活中の活動費等による負債)

これを早い内に完済させる。

 

・自分自身を内面を知る為に、お金や時間を投資する。

具体的には、「個性學」への投資を検討中。

何となくで捉えている自分象を、更に深堀して今後の人付き合いに役立てたい。

もし上記負債が解消出来るなら、更に個性學への投資を増やして学びを深める予定。

 

・しばらく会えなかった人と、会う機会を作る。

去年以上に、会いたかった人と会える機会を増やしていきます。

 

・毎日(若しくは週3,4回)、筋トレをする習慣を続ける。

以前から毎日続けているメニューを中心に続ける予定ですが、怪我で筋トレが中断されるリスクも考え、中1日休憩を取れる位には余裕を持たせながら続けていきます。

 

・次の契約更新(2025年8月末)までに、今の賃貸より格段に快適な住居へ引越す。

今の賃貸に住んでそろそろ8年目ですが、徐々に住みにくい要素が浮き彫りになってきました。(特に、一部排水管による悪臭が酷い。)

多少は家賃が上がっても良いので、更に快適に過ごせる物件を探し、引越する計画を今から立てておこうと思います。出来れば、今回は契約更新せずに引越を済ませたい。

 

 ・「ない」⇒「ある」へフォーカスする習慣を付ける。

例えば、こんな感じに視点変更する事を習慣づけようと思います。

主に、潜在意識にプラスのイメージを植え付ける事が目的ですね。

「お金が無い」⇒「ガス代を支払うお金はある。お蔭で今日も温かいお風呂に入れる」

「時間が無い」⇒「一呼吸おける時間はある。お蔭で、何をすべきか優先順位をつけて行動が出来た」

 

・夢を叶えた時に感じているもの(五感・感情等)を、感じる機会を毎日作る。

もし自分の夢が叶ったとしたら、その時自分はどう過ごしているか?その時に感じている五感・感情を具体的に思い描き、それを感じる機会を毎日作ります。そうする事で、潜在意識へのインプットをより強め、より夢の実現が出来る可能性が高まります。

 

・朗読を披露する機会を作る。

大会に参加するのも良し、朗読を動画にUPするのも良し。手段は問わず。

 

・12/24(or 12/25)に、ストリートピアノで演奏出来る曲を1曲以上用意。

去年は消化不良だったので、今年はこの日に弾ける曲を予め用意して臨みたい。

 

2024年の目標としては、以上です。

全てが難しくても、1つでも多くの目標が達成できるよう奮起していきます。

【2023年 感謝したい事②】旧友との再会

2023年私が感謝したい事の2つ目は、とある旧友との再会。

 

彼とはゲーム上の繋がりで、時にはVC(ボイスチャット)でやり取りしたり、リアルで会って飲み合ったりする仲でしたが、こちらがそのゲームから離れた事が切っ掛けで、徐々に疎遠になっていきました。

 

一応SNS上では繋がってはいるものの、毎年末に「今年もお世話になりました。いつか飲みに行けたらいいね!」とお互い挨拶する程度で、それ以外のやり取りは無い状態。決して喧嘩で疎遠になった訳では無いのですが、かと言ってどちらかが近づくという兆しも無し。このまま何となくの状態で繋がって良いものかと、ぼんやり考える時もありました。

 

そんな状態が数年間続き、迎えた今年の11月。いい加減このやり取りだけが続く程度なら、もうダラダラと彼と繋がるのは諦めようと考え、SNSで彼に飲みのお誘いをしてみました。もしこれで理由も無く断られる位なら、潔く諦められる。そう考えた上での誘いでした。

 

果たして、彼はこちらの誘いを受けてくれるのか。不安が募る中、誘いの連絡から数十分後。彼から「12月ならOK!」という返事が届き、ここで私は「まだ彼とは繋がれる」と言う事を確信し、ひとまず安堵しました。その後は日程・場所の選定等を着々と進め、迎えた12月。新宿で彼と5年ぶりの再会を果たしました。

 

風貌こそ変わっていましたが、感じる雰囲気や空気感はあの頃のまま。久々の再会のはずなのに、久々な感じがしないのが本当に不思議で。合流してから向かった居酒屋まで、気づけば彼と話す事に夢中になっていたような気がします。きっと、ほんのひと時でもあの頃に戻れた事が嬉しかったからなのかもしれません。

 

あの頃の話や近況、今の目標等、あの時話した内容を数えればキリが無いのですが、彼と心行くまで話が出来た時間は本当に楽しかったし、以前と変わらない形で話せたというのが何より嬉しかった。勇気を持って彼を飲みに誘えた事は、間違いなく今年の中で良かったと思える出来事の1つです。

 

私には、昔は濃い付き合いをしていたにも関わらず、今では疎遠になってしまった人達がいます。その中にはずっと会いたいと思える人もいますが、下手に切り出す事で、その人との縁を壊してしまうのが怖い。そんな恐怖心から、今まで自分からその人に対して行動を起こせずにいました。

 

でも、今回のように素直に再会を喜んでくれる人がいる、昔の雰囲気のまま接してくれる彼のような人もいる。今まで関わった人達全てがそうで無いとしても、中にはそう迎えてくれる人もいるんだと、今回の再会で改めて感じました。

 

もし「縁」と言うものが「お互いの思いやり」の上で成り立つものだとしたら、それを繋ぐのも切るのも、きっと自分自身。「縁」は常に壊れやすい物ではあるかもしれないけれど、自分から相手を思いやれるように動いていけば、きっと大切な人との縁を紡ぐ事が出来る。彼との飲み以来、そう考えるようになりました。

 

2024年。私は少しずつ、会いたい人に会えるよう行動を起こしてみようと思います。

自分の趣味から広がった縁や、生活や仕事で繋がった縁。

自分が大切に思える縁こそ、もう風化させる事の無いように。

 

旧友へ。改めてになるけれど、あの日飲みに行けた事は本当に嬉しかったよ。

また近い内に、必ず飲みに行こう。

【2023年 感謝したい事①】電話アレルギーと向き合えた話

初めまして、シルクです。ここでは初の日記投稿となります。

 

元々mixiでの日記更新がメインでしたが、今ではもう殆どの方が離れてしまっているので、これを機にこちらで日記を続けていく事を決心しました。拙い長文ばかりになりますが、読みやすい、伝わりやすい日記が書けるよう日々心掛けていきますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 

さて、2023年も残すところ僅かとなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今回は、私が2023年に「感謝したい事」について幾つか書き綴っていきます。(4テーマの予定)

今回は、長年根付いていた「電話アレルギー」を払拭出来た事への感謝について。
その切っ掛けは、1人の女性上司の存在でした。


2022年12月。当時派遣社員だった私は、「自治体の助成金申請に関する審査」の業務に就いていました。内容としては、送られてくる申請書の書類チェック、不備が生じた際の電話確認(アウトバウンド)、自治体からの申請に関する問い合わせ(インバウンド)がメイン。電話は確認程度の物で、業務割合で言えば「審査:7、電話:3」・・・と言うのが、営業からの就業前案内でした。

私には過去、仕事上で電話がトラウマとなる経験があり、以降はアレルギーの如く出来る限り電話業務から避ける仕事を続けてきましたが、そろそろこの苦手意識を向き合いたいという気持ちが芽生えていた事もあって、勇気を出してこの仕事に就く事を希望しました。

ところがいざ仕事が始まると、「電話応対専門」の業務を担当する事となり、開始前の仕事案内とは大幅に相違がある事が発覚。後日案内した営業に問い合わせすると、どうやら案内が不十分だったようで、本当は「審査:1、電話:9」の仕事内容だった模様。(後日、別件でこの営業が問題を引き起こす事になりますが、今回は割愛します)

電話応対業務の経験が殆ど無い私にとって、この仕事は心理的ハードルはとても大きく、更に周りからは「もっと1時間の件数を上げろ」と急かされていた事もあって、毎日ほぼパニック状態になりながら仕事を続けていました。

当然、速度や質がすぐ簡単に上げられる訳が無く、クレームの件数だけが積み重なっていき、仕事に対して自暴自棄になる事も増えてきました。この仕事を始めて1,2ヶ月は、私にとって修羅場で働いているような感覚で、2023年の中で一番精神が病んでいた時期だったと思います。

そんな時に支えとなってくれたのが、1人の女性上司。電話で四苦八苦している私を見ても、いつも笑顔で辛い気持ちを汲み取ってくれるよう、寄り添ってくれていました。この上司がいなかったら、正直この仕事を続ける事はきっと無かった。そう思える程、私にとって上司は心強い存在でした。

そんな上司からかけてくれた言葉で、印象に残っているものがあります。

「確かに速度は求められるけれど、それは人それぞれだから、まずは出来る限りのペースで良い。その上で、落ち着いて相手に伝えるべき事をしっかり伝えよう。何かあれば、私が貴方を助けるから。」

ただでさえ足を引っ張って周りに迷惑をかけているのに、それでも大丈夫だよと手を差し伸べてくれたこの言葉は、私にとっては本当に救いであり、だからこそまだ頑張りたいと奮起させてくれる言葉でした。この時から私は、長年抱いていた電話アレルギーに対して真剣に向き合おうと、覚悟を決めていたのかもしれません。

そのお蔭もあって、少しずつ電話業務にも慣れていき、気づけば倍以上の速度で処理を進められるようになりました。クレーム対応はまだ苦手ではありますが、それでも動じず耳を澄まし、どう対応していこうかと考える余裕が持てましたし、始めた頃の私からすれば、信じられない程成長できたような気がします。

開始1,2ヶ月目こそ地獄と感じていたこの業務でしたが、それでも終了となる3月末まで無事に続ける事ができ、無事全ての申請を処理する事ができ、何とか役目を全うする事ができました。4月は別の現場に移る為この職場を離れる事となりましたが、離れる際上司から

「電話業務の星だった貴方が辞めてしまうのは本当に寂しい。大変だったけれど、ここまで付き合ってくれて本当にありがとう。」

というお礼の言葉を頂きました。

正直、「星」と呼ばれる程活躍出来ていたとは思えていませんが、それでもこの上司から働きを認めてもらえた事、労ってもらった事は、私にとって何よりの誇りになった事は間違いありません。今でも仕事で苦しいと思えた時は、上司の言葉を思い出して奮起するようにしています。

私にとって「電話」と言うものは、今まで根強いトラウマの1つでしたが、それでも「人との出会い」や「自身の覚悟次第」で変える事が出来る事を、初めて実感しました。もし今後、私の何かを変えてくれるような出会いにあった時は、臆せずまずは1歩踏み出してみようと思います。

何故ならば、例え1歩だとしても歩み続ければ確実に変えられる事が、今回の仕事でしっかり感じ取る事が出来たのですから。だからこそ今後は、怖くても1歩を踏み出す勇気を持って日々を過ごしていきたい。そう思える出来事でした。